日本風Witchcraftとはどういうものですか?

majyoiroiro 魔女に関する色々な話

とても面白いご質問を頂きました。西洋発祥のWitchcraftを日本で日本人が行う場合、色々な工夫が必要になる場面があります。非常に単純な発想でWitchcraftに日本神話を組み込んでしまうという方法を思いつく人もいるでしょう。たしかに日本の神道はWitchcraftよりも呪術的な宗教と言えるので、組み込みやすくはあると思いますがあまりにも違った宗教体系を組み合わせてしまうことになり、これはさすがにあまりにも単純すぎると言えるでしょう。

右の写真は秋田県鹿角市の大湯環状列石という北海道・北東北の縄文遺跡群の一つです。ここには大小様々な環状に並べられた石や日時計などが今も残っています。日本を代表するストーンサークルです。

中に入れない遺跡や熊対策ができていないので近づけない遺跡も一部ありますが、多くは普通に円の中に入ることができますし、自由にできるようになっているので、この円の中でお弁当を食べることすら自由にできます。古代の遺跡でここまで自由度が確保されているところはなかなかありません。私は非常に気に入っているので毎年何回も行っています。

秋田県鹿角市 大湯環状列石 2018 撮影 橘青洲

とはいえ、今ここでお弁当の話をしたいわけではありません。そのくらい自由な場所なので、この円の中に入って魔法円を描くことが簡単にできるのです。そして驚くことに、円を描く前の精神統一をした段階から3500~4000年前の縄文時代の人々が祈りを込めて環状に石を並べた時のパワーを感じることができるのです。これには私も最初とんでもなく驚きました。そして環状列石の中で魔法円を描き瞑想する……そんな贅沢な時間を何度か味わってきましたし、これからも何度も行くでしょう。だから、こうしたものを自分が実践するWitchcraftに組み込みたくなる気持ちもとてもよく分かります。

しかし、だからといって私はこの遺跡での瞑想や儀式(するつもりなら邪魔が入ることなくできはすると思います)などを自分のWitchcraftに組み込んで「日本ならではのWitchcraft」等という気にはなれません。これはやはり別物なのです。

現代日本でWitchcraftを実践する私たちとしてはやはり多少のヒントを得る程度ならともかく、日本の過去の遺物に何かを求めては行けないと考えています。現代の日本とWitchcraftを重ね合わせていかなければならないのです。

たとえば、植物一つとってもヨーロッパでは簡単に手に入るものが、日本では入手困難というものは沢山あります。オイルやインセンスのヨーロッパでのレシピを持ってきても、材料を揃えるだけで一苦労です。しかし、逆もあります。日本では簡単に手に入るけれど欧米では入手困難なものも沢山あります。

また、季節の問題もそうでしょう。ヨーロッパの3月と日本の3月では季節感がだいぶ異なっていても不思議はありません。まして日本は南北に長い島国です。同じ日本のなかでも季節がだいぶ違います。かつて私は3月に盛岡市から伊勢神宮まで車で行ったことがあります。3月とはいえ、北東北はまだ雪景色、それこそ「白と黒の景色」です。段々と雪がなくなり、梅が満開、さらに東京あたりで新緑、東海地方で桜が咲き始め、伊勢では既に桜が散り始めていました。そして帰りは帰りで桜の花がだんだんと蕾になり、やがて梅が満開になり、雪景色へと戻っていく、というまるで映画を逆回転させてみているような気分になる経験をしました。そのくらい日本の中でも季節が違うのです。

季節の祝祭であるサバトを行う場合、そうした季節の違いをどうしたら良いのでしょう?またサバトを行う際に祭壇に捧げるものは?等と考えるとこうしたところにこそ「日本ならでは」のものを工夫せざるを得ないはずです。こうした工夫の集積が「日本風Witchcraft」なのだと思います。

かつて「桜が咲いたらベルテイン」という非常に美しい言葉でこの日本風Witchcraftを表現した友人がいました。「日本風」というのは形の問題ではないのです。こうした言葉が出てくる心こそが「日本風Witchcraft」の極意につながっていくのですし、それが形になったものが本当の意味での「日本風Witchcraft」なのです。

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